2022-02-09 神様の研究発表、巨人の肩つづき
大学のような場所にいて、不慮の事故で死んだお姫様だった神様の研究を私はしている。
どうやら数時間後に研究発表をしなければならないが、随分長いこと準備期間があったはずなのにまったく準備ができていない。一体どうして今日まで何も進めてこなかったのかと頭を抱えるが、興味深い内容だけに準備を怠ったことが悔やまれてならない。
中途半端なことをするならばいっそ…!と、何故かきちんと情報を集めようとはせず、とにかく表面的に取り繕うことで教授の目をごまかそうという手段に出る。研究室の机にのっていた和菓子の包み紙に書いてあったとある伝説をもとに、その神様の素性をでっちあげる。なんたる暴挙…。
しかもどうやら教授のことを非常に尊敬しているらしく、教授には嫌われたくないらしい。
教授には絶対にばれるに決まっている。そのことも分かっていてずるをしようとする。
変な汗をかきながら目覚める。
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「知識の沼――ことばで巨人の肩にのる」第4回 今野真二→山本貴光
議論をする場合、意見を交換する場合に、今野が大事だと思っているのは、「枠組み」です。どういう「枠組み」の中で議論や意見交換をするか、ということによって交換するべき「情報」が変わってきます。「枠組み」が大きくていろいろな「分野」を覆うものであれば、その大きさにふさわしい「情報」を交換しなければならないし、「枠組み」が小さく具体的であれば、それにふさわしい具体性をもった「情報」の交換が求められます。
分類には、その分け方を考えた人や、その人が前提としている文化におけるものの見方が反映されているわけです。これを仮に「世界観」と呼ぶとすれば、この世界観を共有している人にとっては、たいへん便利な仕組みですね。今野さんが書いていらした言葉でいえば、この辞書をつくった人の「脳内辞書」あるいは「心的辞書」です。
あのような対談の場で、常々痛感することがあります。付け焼き刃はあまり役に立たないのです。対談に先立って、時間の許す限り関連する文献を読んだり、メモをつくったりします。でも、対談の場では細かいメモを確認しなおす暇はありませんから、結局のところ、会話の流れや、相手の話を受けてその場でぱっと連想できること、思い出せること、思い浮かべられることを材料に話すほかはありません。